敬意(リスペクト)

 

現代の日本で足りていないと感じることは…

 

「敬意(リスペクト)」です。

 

 

そう語られたのは…

 

現代の生き仏とも呼ばれている

塩沼亮潤大阿闍梨(だいあじゃり:偉大な称号)さん。

 

 

** 塩沼亮潤さんとは?    ***********

 

宮城県の仙台にある慈眼寺の住職をされており

1300年間で2人目となる過酷な荒行を達成された方

 

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ちなみにこの荒行は「大峰千日回峰行」と呼ばれ、

 

標高差約1300m、往復48kmの山道を

一日も休むことなく「1000日間」歩き続けるという修行だそうです。

 

この修行を通して、様々な願望や悩み、欲求などから

「囚われなくなっていった」ことが得られたものだと語られていました。

 

そして、この修行の1000日目に書いた一言が「人生 生涯 小僧の心」。

 

志しの高さというか、視点の高さを感じざるを得ませんでした。

 

 

さて、話は少し逸れましたが、私も「敬意(リスペクト)」というものが

現代の日本では尊重されていないように感じています。

 

もし尊重されているのであれば、

 

上司は部下に対して、高圧的な態度や言動、嫌がらせをしなくなると思います。

これは、教師から生徒、保護者から子どもも同様だと思います。

 

もちろん、頭では理解していても

そのような行動が取れないジレンマを抱えている方もいるのだと思います。

 

 

しかし、この「敬意(リスペクト)」という心は、

 

夫婦関係を良好に築く基盤であり、子育てをする上での基盤であり、

教育活動や組織づくりの基盤であり、穏やかに生きる重要なものだと

私は考えています。

 

 

今日本で開催されているラグビーワールドカップを見ても、

 

「ノーサイド」という試合終了のホイッスルが鳴った瞬間から敵味方関係なく、

ベストを尽くした互いを称え合うという文化こそが、「敬意(リスペクト)」。

 

 

これが、想像を超えるほど美しく目に映るということは、

この「敬意(リスペクト)」というものが現状「当たり前」ではなく、

「珍しい」かつ、本来心の中で求めている「在りたい姿勢」なんだと思います。

 

 

「敬意(リスペクト)」というのは、

心の中から湧き出るものです。

 

教育や指導に関わっている限り、

 

「試合終了後は握手しようね!それがリスペクトだよ!」という

外面を整えるような本質的ではない自己防衛的な教育は絶対にしないと誓い、

 

なぜ握手をするのか?

なぜ敬意(リスペクト)を示す必要があるのか?

 

育て甲斐のある心の種を蒔き続けていきたいと思います。